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横浜地方裁判所 昭和58年(ヨ)827号 判決

申請人 丸山逸夫

〈ほか四一名〉

右訴訟代理人弁護士 杉井嚴一

同 岩村智文

同 児嶋初子

同 篠原義仁

同 西村隆雄

同 根本孔衛

同 畑谷嘉宏

同 村野光夫

同 伊藤幹郎

同 飯田伸一

同 岡田尚

同 木村和夫

同 武井共夫

同 林良二

同 星山輝男

同 三浦守正

同 三野研太郎

同 横山国男

同 森卓爾

同 山川豊

同 陶山圭之輔

同 星野秀紀

同 鈴木宏明

同 小島周一

同 仲田晋

同 豊田誠

同 鴨田哲郎

同 鍜治利秀

同 笹岡峰夫

被申請人 池貝鉄工株式会社

右代表者代表取締役 大山梅雄

右訴訟代理人弁護士 高井伸夫

同 加茂善仁

同 末啓一郎

主文

一  被申請人は別紙認容債権目録申請人欄記載の申請人らに対し昭和五八年六月一〇日から本案事件の第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り一か月につき、それぞれ、同目録金額記載の金員を仮に支払え。

二  被申請人は

1  申請人木下精一に対し金二六七万八〇四二円、

2  同深沢寅次郎に対し金九四七万四四六三円、

3  同田中清太郎に対し金九九八万七五五六円、

4  同昼間一男に対し金一五〇一万三一三五円、

5  同伏間昭に対し金一六七六万六四六七円、

を、それぞれ、仮に支払え。

三  申請人らのその余の申請を却下する。

四  申請費用のうち被申請人と申請人滝慶子、同原田八重子、同原田章子、同原田多喜子、同南幸子との間において生じた費用は右申請人の負担とし、被申請人とその余の申請人らとの間に生じた費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  別紙請求債権目録氏名欄記載の申請人らが被申請人に対して労働契約上の地位を有することを仮に定める。

2  被申請人は別紙請求債権目録氏名欄記載の申請人らに対し、昭和五八年六月一〇日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月につきそれぞれ同目録金額欄記載の金員を仮に支払え。

3  被申請人は、

(一) 申請人木下精一に対し、金二六七万八〇四二円

(二) 申請人深沢寅次郎に対し、金九四七万四四六三円

(三) 申請人田中清太郎に対し、金九九八万七五五六円

(四) 申請人滝三男及び同滝慶子に対し、それぞれ、金三〇〇万三一一三円

(五) 申請人原田八重子に対し、金三五〇万九五六〇円、同原田章子及び同原田多喜子に対し、それぞれ一七五万四七八〇円

(六) 申請人南幸子に対し、金二八七万八四二三円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人らの申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

(一) 被申請人会社(以下単に「会社」という。)は諸機械の製造、修理、販売、設置工事及び各種鋳造品の製造、加工販売を業とする株式会社である。

(二) 申請人ら(申請人滝昭男、同原田信太郎、同南洋祐は後記のとおり死亡し、それぞれ、相続人が本件訴訟を承継しているが、以下において特に断わらないかぎり、「申請人ら」とは右死亡者をも含めた本件申請時の申請人らをいい、右死亡者の生前の出来事の記述においてはそれぞれ申請人滝、同原田、同南と記載することとし、また申請人である各承継人を亡某承継人又は単に申請人某と記載する。)はいずれも別紙生年月日及び入社年月日一覧表の記載のとおりの生年月日であり、同一覧表入社年月日欄記載のとおりの年月日に、それぞれ、会社と期間の定めのない労働契約を締結し、本件解雇に至るまで会社に勤務し、別紙現在の所属一覧表記載の部署に所属していたものである。

2  解雇の意思表示

(一) 会社の就業規則七〇条三号は、会社は、「やむを得ない事業上の都合によるとき」は解雇する旨定めており、会社は申請人ら全員に対し、昭和五八年六月九日、同日付文書により「就業規則第七〇条第三号(やむを得ない事業上の都合によるとき)により、本日をもって貴殿を解雇する」旨の意思表示をし、同日以降、申請人らが労働契約上の地位を有することを否認し、同年六月一〇日以降の賃金の支払いをしない。

(二) しかしながら、本件解雇は後記のとおり無効であるから、申請人らは会社に対し労働契約上の地位を有し、かつ、昭和五八年六月一〇日以降の賃金の支払いを受ける権利を有する。

ただし、申請人田中清太郎は昭和六一年一月末日付、同原田信太郎は同六〇年七月末日付、同木下精一は同五九年二月末日付で、それぞれ会社を定年退職したので、右退職の日まで、また、申請人滝昭男は同六〇年一〇月一〇日、同南洋祐は同五九年一〇月九日、それぞれ、死亡したので、右死亡の日まで会社に対し労働契約上の地位を有し、賃金の支払いを受ける権利を有する。

(三) 会社における賃金の支払方法は、毎月一五日締の同月二五日払いで、支払われる賃金のうち、時間外手当以外の基本給、能力給、役職給、扶養給など全て定額である。

(四) 申請人らの昭和五八年三月ないし五月分の平均賃金は別紙平均賃金一覧表記載のとおりであるから会社から支払を受くべき一か月の賃金額は右平均賃金を下廻ることはない。

(五) 申請人滝昭男は前記年月日に死亡し、父滝三男、母滝慶子が申請人滝昭男の権利義務を各二分の一ずつ相続した。

申請人南洋祐は前記年月日に死亡し、母南幸子が申請人南洋祐の権利義務を相続した。

申請人原田信太郎は昭和六〇年一一月三〇日死亡し、妻原田八重子が二分の一、長女原田章子、二女原田多喜子が各四分の一、申請人原田信太郎の権利義務を相続した。

3  保全の必要性

(一) 申請人らはいずれも会社から支払いを受ける賃金を唯一の生活の糧とする労働者で、他に収入の途はない。本件解雇によって、申請人ら及びその家族は生計の目途も立たず、今後窮地に追い込まれることは必至であって、本案判決確定を待つ余裕はない。

(二) 申請人らにつき従業員としての地位保全を必要とする理由は次のとおりである。

(1) 申請人らは本件解雇により自己負担率の少ない健康保険組合に加入できず、あるいは給付の多い厚生年金に加入することもできない。

(2) また申請人らは本件解雇により福利厚生施設、低利による各種貸付制度、有利な社内預金制度を利用することができない。

社宅については、申請人佐久間、同高橋武夫、同松本勉、同波多野敬三、同桜井和夫、同上平実、同土田義明らが今日でも利用しているが、以前から立退きを要求されており、その生活は極めて不安定である。

(3) 機械加工業界は、いわゆるME革命による技術革新のまっ只中にあり、技術の習得が不可欠であり、本件解雇により、申請人らは技術の習得の機会を奪われている。

(4) 申請人らは従業員としての身分を喪失していることにより精神的苦痛も被っている。

(5) 会社の工場内での組合活動のためにも従業員としての地位が必要である。

(三) よって、申請人らは申請の趣旨どおりの仮処分命令を求める。

《以下事実省略》

理由

第一申請の理由(但し、保全の必要性は除く)について

申請の理由1(一)及び(二)、2(一)及び(三)、(四)は当事者間に争いがなく、同2(五)について被申請人は明らかに争わないので自白したものとみなす。

第二解雇理由の存否

一  はじめに

抗弁等1のうち会社の就業規則七〇条三号によれば「やむを得ない事業上の都合によるとき」解雇する旨の規定があり、本件解雇はいずれも右規定によって解雇したものであることは当事者間に争いがない。

本件解雇が右就業規則にいう「やむを得ない事業上の都合による」ものに該当するか否は、使用者側及び労働者側の具体的実情を総合して判断すべきであるが、我国においては終身雇用制が原則的な労働関係であって、労働者は定年に達するまでの永続的な雇用関係を前提として生活設計をしているのが通例であるところ、いわゆる整理解雇はもっぱら使用者側の経営維持の必要のため、労働者を一方的に解雇し、労働者の生活手段を奪う結果となるものであるから、「やむを得ない事業上の都合による」解雇といい得るためには次の諸事情が存在することが必要である。即ち第一に企業が客観的に高度の経営危機にあり、解雇による人員削減が必要やむを得ないこと(人員整理の必要性)、第二に解雇を回避するための具体的な措置を講ずる努力が十分になされたこと(解雇回避努力)、第三に、解雇の基準及びその適用(被解雇者の選定)が合理的であること(人選の合理性)、第四に人員整理の必要性と内容について労働者に対し誠実に説明を行い、かつ十分に協議して納得を得るよう努力を尽くしたこと(労働者に対する説明協議)、以上の諸事情が存在しなければ、「やむを得ない事業上の都合による」場合とはいえないのであって、かかる事情の存在しない解雇は無効であるといわなければならない。

二  人員整理の必要性

抗弁等2(一)(1)のうち工作機械は「機械をつくる機械(マザーマシン)」であること、工作機械業界は景気の変動を受けやすいこと、同(三)(1)のうち〈表―1〉の数値が有価証券報告書記載の数値と同一であることは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すると、抗弁等2の事実が一応認められ(以下「一応」は省略する。)、右認定を覆すに足りる証拠はない(以下「疎明」といわず、「証拠」という。)。

即ち、昭和五四年以降、工作機械需要が好調に推移するなかで、同業各社の多くが設備合理化、新規商品の発売等によりコストダウンを図り、売上高を増大させ、さらに、時価発行増資によって低コスト資金を確保し、財務体質を大幅に改善したのに対し、会社は内部蓄積の弱さから、設備投資、開発投資が十分に行えず、そのため価格競争力を失うとともに、昭和五四年以降急速に需要が増大したマシニングセンター市場への参入が遅れ、工作機械需要回復に乗り切れず僅かな業績浮上に止まり、財務体質の面でも借入金依存体質から脱却できずにいたところに、昭和五六年後半以後国内需要が減少し、同五七年に入って急速に総需要の減少をみるに至り、会社の業積が悪化したことが認められる。

その結果、《証拠省略》によれば、昭和五六年一〇月から同五七年九月までの期間における会社の売上高は二六八億九四〇〇万円で営業利益は四億八二〇〇万円あった(営業利益率一・八パーセント)が、経常収支としては七億四七〇〇万円の損失を計上せざるを得なかった(経常損失率二・八パーセント)ことが認められ、さらに前認定のとおり、昭和五八年三月に発表された日本工作機械工業会の同年度の需要見通しは、世界同時不況、国際金融不安、財政危機等基調的な不安感から前年比二五パーセント減の三九〇〇億円を見込めるにすぎず、今後需要が好転する要因が見当たらず、昭和五八年二月の時点で、会社の同年四月から九月までの期間における収支予想は次のとおりであったこと、即ち、受注高は一〇〇億円を、売上高は一二〇億円を下廻り、同年九月期決算において経常損失十数億円を計上することは不可避であると算定される状況にあった。また《証拠省略》によれば昭和五八年五月二八日現在における昭和五七年一〇月から同五八年九月までの期間の収支予想は受注高二一〇億円、売上高二三二億円で経常損失二四億円、当期損失二八億円、利益剰余金はマイナス二八億三〇〇〇万円であって資本残一億五九〇〇万円と算定されたことが認められ、債務超過寸前の最悪の状況が予想された。

以上の事実から判断すれば本件解雇当時会社は高度の経営危機の状態にあったことは明らかである。

ところで、《証拠省略》によれば、会社の売上高に対する損益分岐比率は昭和五五年度九七・七、同五六年度九五・九、同五七年度一〇五・七で同業の他社と比べて極めて高い比率であること(同業他社の同五五年ないし同五七年度の損益分岐比率は、大隈鉄工六二・〇、五六・六、五七・五、牧野フライス五二・五、五一・三、五二・三、日立精機七九・三、七〇・八、七〇・八)、しかし、総製造費用に占める変動費(材料費及び外注費)の比率(変動比率)は同業他社と大差がないことが認められる。

損益分岐点とは収益と費用とが等しくなる売上げをいい、費用は固定費と変動費からなっているのであるから、変動比率が同業他社と大差ないとすれば、損益分岐点比率を高めているのは、固定費の総製造費用に占める割合(固定費率)が高いことが原因といえる。

固定費とは生産販売の増減に関係なく当期に決った額(固定額)を生ずる費用をいい、(1)減価償却費など固定資産関係の固定費、(2)固定給の給料手当など人間関係の固定費、(3)支払利息など資金関係の固定費がその例である。したがって、固定費率が高いとすれば、総製造費用に対する人件費、支払利息などの比率が高いからといえる。

《証拠省略》によれば、昭和五七年度における会社の売上高人件費率は二四・二パーセントで業界(三二社)平均の一九・三パーセントを上廻り、大隈鉄工一三・〇パーセント、日立精機一四・九パーセントと比較すると大きな差があることが認められ、右によっても会社の業績に比し人件費負担が大であるといわざるを得ない。

一方《証拠省略》によれば、昭和五七年度における会社の借入金総額は一九一億〇九〇〇万円、純利子等の支払額は一二億九四〇〇万円で、売上高に対する比率は四・八パーセントと大隈鉄工等同業他社に比べて極めて高いことが認められ、多額の金利等の負担が会社の経過収支を悪化させていると推認することができる。

申請人らは同業他社が昭和五四年以降積極的に借入金を返済しているのに対し会社は借入金を増大させる積極的借金政策をとったために、会社の経常収支の悪化をもたらしたと主張する。《証拠省略》によれば、会社の支払利息・割引料は昭和五二年九月期と比較して同五三年九月期及び同五四年九月期にはそれぞれ二五パーセント減、三七パーセント減と減少しているのに、同五五年九月期以降また増加していることが認められるが、同号証によっても昭和五二年九月期以降の長短期の借入金合計額は大差なく推移し、大きな変化は昭和五五年九月期以降の手形割引高が増加したことにあるのであるから支払利息・割引料の増加は割引料の増加によるものと認められ、会社が新らたに積極的借金政策をとったとは認め難く、他に右申請人らの主張を肯認するに足りる証拠はない。

《証拠省略》によれば、会社は昭和五一年以降財務体質を改善することができなく、同業他社のように時価発行増資、転換社債発行により低コスト資金を得て借入金の返済などに充当することができなかったために多額の借入金を負担するに至っていることが認められ、多額の借入金の原因を考えるのであれば右のように理解するのが相当である。

多額の借入金負担が単に会社の政策によるものでないとすれば、急速に会社独自の努力によって財務内容を改善し、支払金利等の負担を軽減することは困難といわざるを得ないのであって、申請人らが主張するように銀行団に金利負担の軽減措置を要請する以外に適切な方法はないといえるが、後に認定のとおり、本件人員整理時に右要請が受け入れられる可能性があったものと認めるに足りる証拠はない。

右のとおり、会社が金利負担軽減措置もとれないとすれば、会社の経営危機を回避するためには人員整理による人件費削減もやむを得なかったといわざるを得ない。

三  解雇回避努力

抗弁等3(一)(1)のうち、会社が昭和五六年四月中期計画を策定したこと、同(二(2))のうち、会社が経営改善委員会を設置し、緊急対策を実施したことは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いない事実と《証拠省略》によれば抗弁等3の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  即ち、会社は昭和五六年四月中期計画を策定し、経営効率化対策、新商品、新規市場への進出計画、売上、利益計画を実施したが、その後の需給環境の激変による売上高の減少によりその効果を具現化することができず、同五七年六月には見直計画を策定したこと、同計画においては売上、利益計画を修正せざるを得なかったため、(イ)人員削減による固定費の削減、(ロ)変動費の改善(ハ)設備の合理化等により損益分岐点を引き下げる対策を立てたこと、同計画における人員削減目標は昭和六〇年九月までに減員不補充及び出向等により正規従業員二二二名を減員して一〇〇〇名とすることにあり、会社は同計画を実施するため、子会社の業容拡大及び子会社設立等の努力をし、昭和五七年三月末時点で一三五名であった出向者を二四名増やし、同五八年三月末時点では一五九名としたこと、その他自然減、臨時、嘱託の減員により会社が人件費を負担すべき全従業員数は同五七年三月末に一二六四名であったのに対し、同五八年三月末時点では一一八〇名で、八四名の人員削減となったこと、

2  しかし、昭和五七年九月期決算において経常損失七億円以上が予想されたので、同年九月緊急対策を決定し、(イ)残業規制、(ロ)変動費の削減、値引要請、(ハ)経費削減、(ニ)役員報酬のカット、(ホ)年末賞与の削減、(ト)一〇〇〇名体制の前倒し実施等を実施し、その結果、会社は昭和五八年三月期までの間に前年同期(同五六年一〇月~同五七年三月)に比し、役員報酬一九〇〇万円、労務費五億七三〇〇万円、経費七億八七〇〇万円余りを削減し、その他資材・外注費の削減、コストダウンを含めると一〇億円余りにのぼる費用を削減したこと、

3  さらに昭和五八年三月、会社は(イ)役員報酬のカット(一六~二〇パーセント)、(ロ)部課長を四〇~五〇名削減、(ハ)部課長の賃金カット(八~一〇パーセント)、(ニ)部課長の本年度昇給見合せ、賞与不支給を内容とする緊急対策を決定し、これを実施したこと、うち部課長については、同年六月一日までに退職者四四名、出向者一五名合計五九名を削減したこと、

以上のとおり、会社は昭和五六年四月中期計画、同五七年六月見直し計画、同年九月緊急対策、同五八年三月緊急対策において出向、減員不補充、部課長の勧奨退職等人員削減を行うとともに経費等の削減、役員報酬、部課長の賃金カット等人件費の削減にも努力してきたことが認められる。

申請人らは、会社が関係会社への貸付金に対し金利を徴収していないし、長期未収金も回収していない旨主張するが、《証拠省略》によれば、会社は、会社を含めた企業グループ全体の資金繰りを行い、関係会社が直接金融機関から融資を受けることを禁じ、必要があれば会社が関係会社に貸付ける体制をとっていて、関係会社に対する貸付金には金利を付していること、しかし、関係会社には支払能力が十分でないので金利も滞りがちであること、長期未収金のうち三二億円は池貝興産に対し神明工場を売却した代金、うち一一億円弱は池貝アメリカに対する資金貸付であり、右関係会社の返済能力からして直ちに返済を求めることは不可能な状態にあることが認められ、関係会社から金利を徴収しないこと、あるいは長期未収金を回収しないことをもって会社に経営努力が欠如しているとはいい難い。

会社は銀行団に対し金利負担軽減交渉をすべきであるのにこれを怠っている旨申請人らは主張する。しかしながら《証拠省略》によれば会社は毎期借入れをしなければならない状況下にあって、金利の軽減措置を求めることができる状態ではなかったことが認められるから、申請人らの主張は失当である。

申請人らは外注工、下請工を整理すべきだと主張する。《証拠省略》によれば、会社には多数の下請や社内で、本工の下働きをし時間給で働く外注工がいるが、会社は本件人員整理をなすに当たって右下請、外注工の整理をしないばかりか、かえって、本件解雇時に社内外注工は工作機械事業部工作機技術部に一九名、神明事業所製造部組立課組立班に約一〇名いたものが昭和五八年一二月には前者では二三名に、後者では二五名に増加していることが認められ、右増加が単に一時的現象であると認めるに足りる証拠はない。

一般的には本工を整理解雇する前に外注工、下請工をまず整理すべきであることは当然であるから、外注工、下請工を整理することをしないことは、本工の整理解雇の回避努力に反するものといえるが、会社における外注工、下請工の人数、実態がかならずしも明らかではなく、そのため、どの程度の整理が可能であったかの判断をすることは困難であるので、右認定の事実をもって会社が回避義務を尽していないとまで断定することは困難である。

また、会社は昭和五八年五月二〇日から同年六月二日まで希望退職募集を行い、右募集には二〇九名が応募し、さらに同月六日午後から同月九日午前まで第二次希望退職募集が実施され、六名がこれに応募した結果、合計二一五名の希望退職者があったことは当事者間に争いがない。

申請人らは、希望退職条件が劣悪で、希望退職者が少なかったから会社が整理解雇を回避する努力を全うしたといえないと主張する。今回の希望退職募集条件は退職加算金(〇~二〇パーセント)、特別加算金(平均賃金の三〇日分)、未使用年次休暇慰労金(一〇〇〇円×年次休暇日数、ただし二〇日を限度とする)、餞別金一〇万円であることは当事者間に争いがなく、甲第七号証の一によれば、昭和五一年度実施の希望退職募集条件は退職加算金(一五~二五パーセント)、特別加算金((基本給+能力給)×四か月プラス一〇万円)、未使用年次休暇慰労金(二五〇〇円×年次休暇残日数)であることが認められる。右によれば、今回の希望退職募集条件は昭和五一年実施の希望退職募集条件と比べると退職者に不利であることが認められるが、希望退職募集条件は会社の財務事情、労使間交渉等諸般の事情によって決定されるものであり、後記のとおり組合も右条件を受諾したことに鑑みると、今回の希望退職募集条件が不合理、不当なものとまで断定することはできない。したがって、今回の希望退職募集が不当に劣悪であることを前提とする前記申請人らの主張は理由がない。また仮に希望退職条件を退職者に有利に改善することが可能であったとしても、それがどの程度改善し得たか、その場合どの程度応募者の増加が期待できたかを認定するに足りる証拠もない。

なお、《証拠省略》によれば会社は希望退職に応募しようとした人のうち若干名について慰留に努めたことが認められるが、会社が希望退職者予定人員に達しないようにするために、若干名について慰留したとする《証拠省略》の記載は措信しがたく、他に会社が恣意的あるいは意図的に、退職希望者を慰留したと認めるに足りる証拠がないから、右慰留の事実をもって会社が回避義務を怠っていると断定することはできない。

以上のとおり、会社は整理解雇回避のために諸施策を実施してきたものであって、回避義務を怠ったものと認めることはできない。

四  指名解雇の必要性

被申請人の主張は希望退職者が募集人員二八五名に達しなかったから、指名解雇をする必要があったというにある。そこで希望退職募集人員二八五名の合理性、妥当性について、まず検討することとする。

1  希望退職募集について

抗弁等4(一)の事実は《証拠省略》により認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで削減すべき人員数の根拠について検討するに《証拠省略》によれば希望退職募集人員を三〇〇名と決定した理由は、(1)中期計画における年間売上目標が一〇〇〇人体制で四〇〇億円(一人当たり四〇〇〇万円)であったが、市況の悪化のため、年間の売上げ二四〇億円が限度であり、右売上高と前記一人当たり四〇〇〇万円の売上目標を前提とすると、適正人員は六〇〇名となるが、現在員一一五〇名(除く出向者)を一挙に六〇〇名にすることは経営上重大な支障をきたすので、残った人のレベルアップを前提に売上げの増大、コストダウンを図ることによって採算のとれる限度として三〇〇人の減員を必要とすること、(2)労働分配率からみても約三〇パーセントの人員が余剰であり、出向者を除く現在員一一五〇名を前提とする三四五名が余剰人員であり、出向者も含めると現在員は一二五〇名であるから三七五名が余剰人員であること、(3)期間損益からみても昭和五七年一〇月ないし同五八年三月期では損失が一五億円であるから経費節減、内製化、資材・外注の協力等で約四億円を削減し、売価アップ等の努力を加えたとしても人件費八億、一人当たり年間五五〇万円として三〇〇名の削減は必要であることを根拠としていることが認められる。

しかし《証拠省略》によれば、昭和五七年度一人当たりの売上高は約二二〇〇万円であることが認められ、中期計画目標一人当たり四〇〇〇万円の売上げとの間には大きな格差があり、右中期計画目標を前提に適正人員を算出することは非現実的である。

もっとも、会社は中期計画目標額から直線的に減員数を算出しているのではなく、人員整理後の能力アップ、コストダウン等の要素を考慮して余剰人員を三〇〇名と決定したとしているのであるが、右の説明のみでは余剰人員を三〇〇名と決定した根拠は必ずしも明らかでない。

次に会社は労働分配率を根拠に余剰人員を算出しているが、労働分配率から余剰人員を算出することがどれほどの合理性があるか疑問であるばかりではなく、《証拠省略》によればダイヤモンド紙は会社の労働分配率を七二・六パーセント(昭和五七年八月までの最新決算期による)とされていることが認められるけれども、《証拠省略》によれば昭和五七年度の会社の労働分配率は六四・四パーセントであると認められるので、ダイヤモンド紙の労働分配率の算定には疑問があり、右労働分配率を基礎に算出した余剰人員も疑問視せざるを得ない。

一方、期間損益からみた削減人員の算定には一応の合理性があるといわざるを得ないが、右に認定した会社の説明は極めて大雑把な概数にすぎず、正確な削減人員を確定するに足るものではない。

なお、《証拠省略》によれば、昭和五七年四月から同五七年九月までの期間における会社の実績をもとに半期の売上高を一二〇億円と想定し、右売上高のもとにおける収支均衡を考えると、総人件費は二三億四八〇〇万円で、一人当たりの人件費は二八〇万三〇〇〇円として、会社が負担し得る人員は八三八名であると算定していることが認められる。

《証拠省略》はその記載から昭和五九年八月一日に作成されたものであって、組合との団体交渉において右のような収支均衡案を開示したと認めるに足りる証拠がないばかりか、会社が人員整理案策定当時、右の如き収支均衡案を想定していたか多分に疑問がある。

しかも、《証拠省略》によれば、一人当たりの人件費は五パーセント増加した金額を想定しているが、経費、変動費を削減し、人員整理する中で一人当たりの人件費の増加を想定することの合理性に疑問があるといわざるを得ない。従前の人件費を前提とすると、会社の収支均衡案より五パーセントの人員増が見込め、四〇名強の雇用が確保し得ることとなる。右のように考えると会社が想定する総人件費が合理的であるとしても、なお、会社の適正人員を八四〇名としなければ、経営が成り立たないと認めることは困難である。

2  指名解雇の必要性について

人員整理の人員数に関する会社の説明に右のとおり若干の疑問があるにしても、会社が客観的に高度の経営危機下にあり、人員削減の必要性があったことは前記のとおりであり、希望退職募集を実施したことは止むを得ない措置であったということができる。希望退職募集に応募して退職した者は合計二一五名であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、第二次希望退職募集の終了した昭和五八年六月九日正午現在、臨時・嘱託を含め、会社に在勤する者の数は九三三名、出向者の数は一三九名、合計一〇七二名であること、同年六月末の臨時・嘱託の人員は一九名であることが認められ(る。)《証拠判断省略》

そこで希望退職募集を終結した後において指名解雇が必要であったか否かについて検討する。

《証拠省略》と右認定の事実を総合すると次の事実が認められる。

(一) 会社の在勤者は九三三名であり、一人当たりの半期の人件費を二六七万円とすれば人件費の合計額は二四億九一一一万円となること、

(二) 《証拠省略》の試算によると収支均衡させるためには人件費を二三億四八〇〇万円としなければならないとするが、右の額と九三三名分の人件費との差は一億四三一一万円であり、これを一人当たりの半期の人件費二六七万円で除すると約五四人の数値を得、余剰人員約五四人との数値を得る。

(三) しかし、昭和五八年六月当時年間売上高は二四〇億円が限度であったから半期の売上高は一二〇億円であるところ、半期の人件費(九三三名分)は前記のとおり二四億九一一一万円であるから、右数値をもとに売上高に対する人件費の比率(売上高人件費率)を計算すると二〇・八パーセントで、右数値は会社が未だ経常収支が黒字であった昭和五五年度の売上高人件費率二一・五パーセントより小さく、また業界の売上高人件費率の平均値一九・三パーセントには及ばないものの、大きな差異がないこと、

以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の売上高人件費率からすると、希望退職募集後の会社の人員は必ずしも過剰であるとは直ちに結論し難い。

しかし、売上高人件費率は一つの指標にすぎないのであって、これのみをもって適正人員を判断すべきではなく、会社の財務状況、設備・労働力の質、市場の状況、将来の見通し、その他諸般の事情に対する経営者の総合的判断によって、適正人員は決せられるべきものであり、経営者の判断はそれが全く不合理、不当なものでないかぎり尊重されるべきであるというべきである。

この観点からみると、前記のとおり、いくつかの点について疑問があるその人数について措くとしても、会社が指名解雇の必要性があると判断したことを、経営者の判断として全く合理性がないものとして斥けることには躊躇せざるを得ない。

したがって、本件指名解雇の必要性はこれを否定することは困難である。

五  組合との協議

抗弁等6(二)(1)の事実、同(二)(2)のうち組合が団体交渉において現状維持を前提として再建すべきであると主張したこと、同(三)(2)のうち組合の態度に関する部分、同(三)(3)のうち四月二八日組合臨時大会においてスト権確立の提案が否決されたこと、同(四)(1)のうち、組合はスト権確立提案が否決されても現状の人員規模で再建を図るべきである旨要求したこと、同(五)(2)のうち会社が覚書(1)及び(2)の原案を示し、五月一四日以降会社と組合が右覚書案について協議したこと、同(五)(3)のうち会社と組合が右覚書を取り交したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》並びに右当事者間に争いのない事実を総合すると抗弁等6(一)ないし(四)、(五)(1)ないし(3)の事実が認められ(但し、同6(四)(1)のうち、会社が現状で負担できる人件費の限度に関し、八四〇名であると主張したと認めるに足りる証拠はなく、また同(五)(3)のうち、昭和五八年五月一七日希望退職募集並びに覚書に関する組合の提案に賛成した職場は三六であると認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば組合の右提案に賛成した職場は三二であることが認められる。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

申請人らは本件指名解雇に手続的違背がある旨主張する。そして、再抗弁等2(一)(1)につき被申請人が明らかに争わないので自白したものとみなされ、また同(一)(2)の事実、同(一)(3)のうち申請人ら主張の協定が成立したこと、同(一)(4)のうち申請人ら主張の協定が成立したこと、同(一)(5)のうち会社と組合との間に指名解雇をしない旨の合意が成立したこと、同(二)(1)の事実、同(四)(2)の事実、同(四)(3)のうち会社は組合と本件指名解雇自体について協議しなかったことは当事者間に争いがない。

前認定のとおり会社は昭和五八年五月一四日の団体交渉において組合に対し覚書(1)及び(2)の原案を示し、右覚書の取り交しを求めたこと、組合が覚書(1)について「指名解雇しないという意味であるか」と会社に質したのに対し、会社は「指名解雇しなくてもすむよう最善の努力をする」旨回答したこと、また覚書(2)について組合が「過去の協定というのはどの範囲とするか」との質問に対し会社は「就業規則及び経済的協定を除く全協定である」と明らかにしたこと、右の回答に対し組合から特に異論は出ず、その後組合は同月一七日右覚書の取り交しを職場会に提案し、大多数の賛成を得、同月一八日の臨時大会においても三分の二の多数が賛成して、右提案が承認されたので、同日会社と組合は希望退職募集に関する協定書の締結とともに覚書(1)及び(2)を取り交わしたのである。

覚書(2)には「過去の協定を解消し」と記載され、会社の趣旨説明が前記のとおり「就業規則及び経済的協定を除く全協定」であることは明らかであるから、過去の協定の存在を理由とする申請人らの主張(再抗弁等2(一)(1)ないし(3))は理由がない。

なお、申請人らは昭和五一年四月二八日付「確認書」をもって、解雇同意約款の趣旨であるかのように主張するが、右「確認書」は申請人らも自認するように昭和五一年の人員整理の際の、いわゆる「妥結協定」であるから右「確認書」の趣旨は昭和五一年四月二六日付会社提案(人員規模縮少に関する件)に関しては指名解雇を行わないというものであって、解雇同意約款と解することはできない。

昭和三一年九月二四日付「協定書」、同五一年七月三一日付「協定書」にいずれも協議約款の存在することは前記のとおり当事者間に争いのないところであるが、過去の協定は昭和五八年五月一八日覚書(2)よって解消されており、かつ同覚書において「新労働協約締結迄の間に問題が生じた場合は、相互信頼の精神に基づき誠意をもって労使協議する」旨協定しているのであるから、労働協約失効後の余後効の理論を援用する実益は存しないものというべきである。

申請人らは、会社が本件指名解雇に関し協議義務を尽していない旨主張する。

前認定のとおり会社は組合と人員整理に関し、九回にわたる団体交渉を行い、希望退職募集人員、退職の条件について協議し、昭和五八年五月一八日希望退職者の募集について協定を成立させ、かつ、同日、「1希望退職で募集人員に達するよう全力を尽す。2これにかかわる問題及び事後の処理については会社責任において対処する。」旨の覚書を取り交している。

ところで、《証拠省略》によれば、当初、会社の希望退職募集要綱案には、「希望退職者が目標に達することを期待するが、万一、これに達しない場合には、指名解雇を行なう」旨記載されていたこと、しかし、会社は、希望退職募集協定に「指名解雇を行なう」旨定めることは組合として了解し難いことと考え、会社の責任において指名解雇を実施する旨、団体交渉において表明したこと、組合は会社が指名解雇を行うことに同意はしなかったものの、右覚書を取り交すことによって、会社の方針に理解を示したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

会社と組合とは指名解雇自体について明確に協議したと認めるに足りる証拠はないけれども、右によれば会社は希望退職に応募する者が会社の目標人員に達しない場合自己の責任において指名解雇することがあり得ると表明し、会社の右のような態度を前提に組合は希望退職の募集人員、募集基準の協議に応じ、かつ右覚書を取り交すことによって、会社の方針に理解を示したものであり、また後記のとおり、指名解雇の基準は希望退職募集基準をしぼり込んだものにすぎず、新たな基準を設定することもなかったことなどを考慮すると、会社と組合とは人員整理に関し協議義務を尽したと解するのが相当である。

六  指名解雇基準について

《証拠省略》によれば、

1  会社は昭和五八年六月八日指名解雇の実施を決定するとともに、指名解雇基準として左記の六項目を設定したこと、

① 高齢者

② 業務に熱心でない者

③ 能力の劣る者

④ 職場規律を遵守しない者

⑤ 病弱者

⑥ 退社しても生活に窮しない者

2  そして、同日早朝人事部長は退職勧奨者としてリストアップされたが、退職しなかった者について五段階評価をしたうえ、午前中に指名解雇すべき者を人選するように指示したこと、

3  人選に当たっては高齢者は原則として指名解雇者とすること、一つの項目についてであっても五点のついた者総合点が一〇点以上の者を指名解雇者として人選したこと、

4  指名解雇基準①、⑤、⑥については五段階評価とはせず、点数が接近したときに調整的に使用することとしたこと、

5  指名解雇候補者は勧奨退職に応じなかった者の中から選定されたが、勧奨退職に応じなかった者は溝ノ口事業所においては三四名神明事業所においては二六名であったこと、指名解雇候補者に選定されたものは溝ノ口事業所では三一名神明事業所では一七名であったこと、そのうち五五歳以上の高齢者は両事業所でそれぞれ三名あったこと、

6  なお神明事業所では指名解雇候補者中一名を業務上の都合で除外し、一名が希望退職に応じたので一五名を指名解雇候補者としたこと、

が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、以下、指名解雇者の選定基準について検討する。

1  基準①について。年功序列型の賃金体系のもとでは、高齢者ほど高賃金を得ているわけであるが、今日のように技術革新の激しい時代でなければ、高齢者は長年の経験の蓄積によって、技術的にも若年者よりも優れ、会社に対する貢献度も高かったから高賃金を得ることの経済的合理性があったであろうが、技術革新の激しい今日では長年の経験の蓄積が必ずしも高度の技術水準を意味するものではなくなってきていて、高齢者の高賃金は必ずしも会社に対する貢献度に比例しているとはいい難い事態となっている上に、五五歳以上の世代をみると一般的には子弟の養育も終り、三〇歳代、四〇歳代の世代に比すれば、生活に余裕があり、失職による打撃は他の世代よりはより少ないということができるので、基準①には一応の合理性があり、基準としての明確性に欠けるところはないということができる。

しかし、《証拠省略》によれば、五五歳以上の者が全て勧奨退職の対象となったわけでもなく、また、五五歳以上の者で勧奨退職の対象となり、これを拒否した者が全て指名解雇されたわけでもないのであって、本件指名解雇後も五五歳以上の者が十数名会社に残留していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実から推測すれば、会社は基準①を単に機械的に運用しているものではないことは明らかであり、右基準を運用するに当たり、業務その他の必要性から該当者を除外すること、あるいは当該労働者の個人的な事情、特に生活状況を考慮して対象者から除外することも、当然許されることである。

しかし、一方で右のように弾力的な運用をしながら、不当労働行為等の意思の下に特定者についてのみ機械的に右基準を運用することは許されないのであって、かかる場合には、指名解雇は違法といわざるを得ない。

2  基準②ないし⑥について。基準②ないし⑤は当該労働者の勤務成績、会社に対する貢献度を基準とし、その勤務成績の悪い者、会社に対する貢献度の低い者を指名解雇しようとするものであり、基準自体には一応の合理性があるということができる。また基準⑥も解雇によって打撃を受けることの少ない労働者を指名解雇しようとするものであるから、同様に一応の合理性があるということができる。

しかし、右の基準自体は極めて抽象的であって、右基準のみでは、右基準に該当するか否かの判断が評定者の主観に左右され、客観性を保持し得ない虞れが多分にあるといえる。したがって、右基準を運用するにはより詳細な運用基準、例えば評価対象期間、評価項目、評価方法等が設定され、これに従って評価されるべきであり、このような合理的評価をしたものと認められず、人選に、合理性のない場合には、指名解雇は権利濫用であって無効といわざるを得ない。

ところで、被申請人は指名解雇基準六項目は希望退職募集基準一八項目をしぼり込んだものと主張するので、以下希望退職募集基準について検討する。

《証拠省略》によれば、

1  昭和五八年四月一日常務会の決定に基づき、希望退職募集基準の作成が人事部に指示され、同日、人事部長は会社各事業所(本社を含む。以下同じ。)総務部長に対し、希望退職募集に関する意見をまとめるよう指示し、同月六日各事業所総務部長を集め、その意見を聞いた上、人事部が基準の作成を進め、同月一九日の常務会において、希望退職募集基準を決定したこと、

2  基準は次のとおりであること、

① 昭和三年三月三一日以前に生まれた人

② 過去に欠勤、遅刻及び早退回数の多い人

③ 健康面で業務の遂行に問題があり、今後も十分に期待できない人

④ 業務上重大なミスを犯し会社に損害を与えた人

⑤ 小さなミスでも何回も繰り返し犯した人

⑥ 安全規則を守らず過去に災害を起した人

⑦ 他の人に比べ能力の劣る人

⑧ 懲戒処分及びそれに準ずる処分を受けた人

⑨ 業務上の指示命令に従わなかった人

⑩ 服務規律を守らない人

⑪ 上司及び同僚との協調性に欠け職場の人間関係の障害となっている人

⑫ 賃金に比べ能率の低い人

⑬ 資産があり当面の生活に困らない人

⑭ 共働きにより配偶者等に相当の収入のある人

⑮ 既に子弟が成人し家計負担の少ない人

⑯ 自己の能力開発及び会社研修に熱心になれない人

⑰ 今後の厳しい会社諸施策に耐えうる覚悟のできない人

⑱ その他、前各項に準じて会社に貢献する度合の少ない人

3  そして、右同日、人事部長は各事業所総務部長を集め、右基準が決定された旨を伝えたけれども、右基準の各項目について解釈基準を設定せず、人選の方法は各事業所の部課長に一任したこと、会社の各事業所は、管理職以外の従業員について、昇格及び新卒採用以外の人事、即ち、中途採用、人事異動、昇給(査定を含む)、賞罰(減給以上を除く。)等の管理を行っているので、希望退職募集基準による人選を各事業所に委ねることには合理性があること、

が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、希望退職募集基準は指名解雇基準に比すればより具体的であるとはいえるが、①を除き、評価対象期間、評価基準が明らかではなく、さらに各項目を具体化した運用基準がなければ、客観的に公正、妥当な人選が可能とは解されないところ、《証拠省略》中には人事部長と各事業所総務担当者の会議において希望退職募集基準一八項目を具体化することなどが決定されたこと、右基準のうち全社的に基準が統一できるものもあるが、右基準第三項目ないし第一二項目、第一五項目、第一六項目などについては各職場の実態を踏えて検討しなければならないので、基準の客観化については、昭和五八年五月連休明けまでに各事業所で検討を行い、同月七日、各事業所総務部(課)長が基準の客観化案を持ち寄り全体の調整を図ることとしたとの記載部分があり、《証拠省略》中にも同趣旨の供述部分がある。

しかし、一方で《証拠省略》によれば人事部長後藤耕一は解釈基準を設定せず、人選の方法は各事業所の部課長に一任した旨神奈川県地方労働委員会において供述していることが認められるほか、《証拠省略》によれば、

1  希望退職基準②につき、「過去に欠勤、遅刻及び早退回数の多い人」とは過去三年間に欠勤が三〇日以上の者又は遅刻、早退が一五回以上の者をいうとの運用基準が設定され、申請人稲垣正光、同滝明男、同小川隆、同西山勝、同波多野敬三、同上平実、同松本勉、同南洋祐の八名が右基準に該当したとされていること、

しかし、右申請人らの上司が記載した陳述書によると、申請人稲垣につき昭和五六年一一月の遅刻、無届休暇状況、同滝につき同五七年四月以降の欠勤日数、同小川につき同五四年四月以降の欠勤状況、同西山につき同五六年一二月以降の遅刻状況(遅刻一三回)、同松本につき同五五年度以降の遅刻、早退状況、同南につき同五四年一二月以降の欠勤等の状況について記載され、同波多野については遅刻、欠勤に関する記載がないこと、

2  希望退職基準④⑤の評価対象期間を過去三年とするのが運用基準とされているのに、申請人稲垣につき同五三年八月のFX二五のカバー手配ミスが記載されていること、

3  希望退職基準⑨については、過去五年間に業務上の指示に正当な理由なく従わなかった者という運用基準が設定されたとされるが、申請人村田一男に関し昭和五二年の旋盤作業による切上げ作業従事の指示に対する拒否、昭和五三年三月のNC(数値制御)実習と応援作業の指示に対する拒否が記載されていること、

が認められる。

右によれば申請人南に関し評価対象期間外の欠勤等の状況が記載され、同西山に関しては遅刻の回数が基準に達していない。また、申請人稲垣に関し評価対象期間外のミス、同村田に関しても評価期間外の指示拒否の事実が解雇理由として掲げられていることになる。

右は運用基準の存在と矛盾することであり、運用基準が設定されたことに対し疑義を生ぜしめるとともに、仮に運用基準が存在したとしても、希望退職者をリストアップするに際し、右基準の運用につき厳正さが欠けていたのではないかとの疑念を懐かざるを得ない。

したがって、被申請人が主張するように、指名解雇基準は希望退職募集基準をしぼり込んだものであるとしても、希望退職基準自体その運用基準の存在ないしその運用について疑義があり、右基準は抽象的で客観的合理性を担保するものではないとの非難を免れないものであるから、希望退職基準をしぼり込んで作成した指名解雇基準もまた抽象的で客観的合理性を担保するものではないとの非難を免れることはできない。

しかも、人事部長後藤耕一の神奈川県地方労働委員会における供述(甲第一五七号証)と証人江中勲、同原田邦彦の各証言の間には希望退職募集基準を指名解雇基準のいずれに当て嵌めるかについて認識の差があること、希望退職募集基準のうち②④⑤⑥⑪⑰は指名解雇基準の二つの項目に対応することになっていること、したがって、同一事項が二重の評価を受ける結果となること、また各指名解雇基準へしぼり込まれた希望退職募集基準相互の評価のウエイトが明確に設定されていると認めるに足りる証拠がないことからすると、希望退職募集基準をしぼり込んだとしても、指名解雇基準の客観的合理性を担保するものとはいえない。

さらに、会社は指名解雇基準②③④の該当者について五段階評価し、一つの項目でも五点を取得した者、合計一〇点以上の者を指名解雇候補者に選定したとすることは前記のとおりであるが、五段階評価において各段階にどのように各評価対象者が分布していたのか、特に、各項目について五点と評価されたのは何名いたのか、合計一〇点以上とされた人は何名いたのか、が明らかではないから証人江中勲、同原田邦彦が述べている五段階評価が合理的になされたか否かを検証するすべがない。

以上の点を総合すると指名解雇基準は抽象的であり、多分に評価者の主観に左右され易いものであって、その運用次第では指名解雇者の選定の合理性を保証するものとはいえないものと認めざるを得ない。

第三個別的解雇理由の存否

(溝ノ口事業所所属の申請人らについて)

一  野口剛

1 抗弁等7(一)(1)(1)の事実及び同(2)のうち進捗係は機種の部品の内容、製造番号別の納期をよく記憶して部品製造の進捗状況を監視し、促進しなければならないことは当事者間に争いがない。

2 同(2)のその余の主張に副う証拠として《証拠省略》がある。

しかし、《証拠省略》によれば、申請人は帳票類の整理も努力していたし、上司から帳票類の整理について注意を受けたことはないこと、また申請人は納期に間に合うよう自らモートラに乗って部品を運んだり、材料を用意するなど手伝いを積極的にし、納期の確保に努力していたこと、送付書と部品の不一致、誤記は一、二度あったとしてもそれによって作業が特に遅れたり、あるいは大きな損害が発生したというものではなかったこと、申請人は昭和三四年以来進捗係の担当であったが、その間さしたる問題をおこしたことはなく、仕事振りについて注意を受けたことはないことが認められ、以上の事実に、進捗係の仕事の性質を考え合わせると《証拠省略》の記載は右認定に反する限度で措信できず、申請人が極めて能力が劣り、業務に対し熱心でなかったと評価することは困難であり、他に右被申請人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

二  神谷秀克~二三 相田静《省略》

(神明事業所所属の申請人らについて)

一  村山哲

1 抗弁等7(二)(1)(1)のうち、申請人の入社年度及び大形旋盤設計業務に従事していたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば申請人の職歴は申請人の認否欄記載のとおり(但し、実習期間は一〇か月であり、第一技術部においては工作機械の設計をしたこと)であることが認められ(る。)《証拠判断省略》

2 同(2)の主張に副う証拠として《証拠省略》がある。

しかし、《証拠省略》によれば、

(一) 申請人は、昭和五四年から同五七年にかけて、DAC七〇旋盤を手始めに、ANCシリーズ旋盤、DAK六五旋盤などの機種を受け持ち、原案の作成から外注者の作成した図面のチェックなどの設計業務を担当してきたこと、

(二) また申請人は昭和五七年に、ANCシリーズ旋盤の「使用説明書」の作成に携ったが、右作成には数値制御に関する知識が必要であること、

(三) 申請人は大友課長から私語について叱責されたことが一度あるが、それは昭和五八年五月のことで、当時すでに指名解雇の提案が会社から組合に対し行われていた頃のことであり、上司である渋谷係長と組合が配布したビラについて二言、三言話をした折に右の注意を受けたものであること、

(四) 申請人は昭和五六年一一月まで組合の役員をしていたので、残業はほとんどしなかったが、それ以降、毎月二〇ないし三〇時間残業をしたこと、

が認められ、《証拠判断省略》、《証拠省略》をも考慮して判断すると、申請人は能力が極めて劣り、業務にも極めて不熱心であると評価することには疑問があり、他に被申請人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

二  原田信太郎~一四 土田義明《省略》

(本社所属の申請人)

醍醐精一

1  抗弁等7(三)(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  同(2)に副う証拠として《証拠省略》がある。

しかし、《証拠省略》によれば、

(一) 申請人は、昭和二七年四月入社以来三〇年間にわたり、現場で組立作業等に従事していたにもかかわらず、本社営業部に配転させられたもので、配転になった時期は工作機械に対する国内需要が落ち込み、輸出にも陰りが出ている状況で、同業各社間の競争が激化した時期であること、

(二) ユーザーが設備投資計画を立ててから発注に至るまで、大形機械では少なくとも二、三年、小形機械でも半年から一年かかる上、申請人の担当していたユーザーは右のような状況で、設備投資の意欲があまりなかったこと、

(三) 右のような状況の中で、申請人はユーザーとの信頼関係を高めるため、納入した機械の改造や工具の変更などの相談にのるなど、地道な努力をしていたこと、

が認められ、右の事情のもとでは、申請人が受注高が少ないことをもって、業務に極めて不熱心であると評価することはできず、他に被申請人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

第四申請人らの組合活動

一  再抗弁等1(一)の事実は《証拠省略》によりこれを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

同(二)(1)のうち、申請人らが申請人ら主張どおり、組合役員を務めたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば組合溝ノ口支部においては昭和五一年ころまで、組合神明支部においては同五五年ころまで、申請人らのうち役員経験者が組合執行部において勢力を有していたことが認められる。

二  再抗弁等1(二)(2)イの事実、

同ロのうち昭和四一年度春闘は「作業服二年に一着の無償貸与」「生理休暇二日の基本給補償」等の内容で妥結したこと、

同ハのうち昭和四二年一二月、会社が「資格制度」の導入を提案したこと、翌四三年三月ごろ右提案を撤回したこと、

同ニの事実、

同ホの事実、

同ヘのうち組合が会社の「生産性基準原理」攻撃をはねかえしたとの点を除く、その余の事実、

同チの事実、

同リの事実、

同ヌの第二段の事実、

同ルの事実、

同ヲ第一段落のうち昭和五一年春闘において雇用保障に関し、会社は解雇する場合は組合と十分協議する旨回答したこと、同第二段落のうち、組合が定期昇給に関する就業規則無視について川崎南労働基準監督署に申告したこと、

同ワ(イ)のうち会社が昭和五一年二月一八日申請人ら主張の希望退職募集を実施したこと、同(ロ)のうち、会社が昭和五一年四月一五日申請人らの主張する内容の再提案を行ったこと、確認書を取り交したこと、二〇一名の退職者があったこと、

同カないしタの事実、

はいずれも当事者間に争いがない。

また、同レの事実、同ソのうち申請人石井が先頭に立って女子定年制を要求した点を除くその余の事実につき会社は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

右の当事者間に争いのない事実に《証拠省略》によれば、

(一)  同ロのうち、前記争いのない事実を除くその余の事実、

(二)  同ヌのうち、昭和四九年秋闘では職場総合点検運動が提案され、従来執行委員会が主に解決していた問題を職場委員を中心に担当職制と交渉し解決する、いわゆる職場交渉権の確立をはかる指導が行われたこと、

(三)  同ワのうち、前記争いのない事実を除くその余の事実、

が認められ、右認定に反する証拠はない。しかし、再抗弁等1(二)(2)のその余の争いのある部分についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

右の事実によれば、昭和五三年までの組合は「職場を基礎に」との方針のもとに組合員の権利と利益の獲得、実現に努力し、会社に対し粘り強い交渉を行い、かつ、ストライキをも辞さない闘争を行ってきたことが認められる。

三  会社の組合に対する態度について

1  研修会

再抗弁等1(三)(1)のうち舟橋が昭和五四年四月日本興業銀行常務取締役から会社顧問として入社し、同五五年一二月社長に就任したこと、会社は同五五年六月から日本生産性本部に委嘱して研修会を開催したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、

(一) 昭和五三年の債務超過の危機は資産処分等の緊急対策によって回避されたが、その後同業他社が急速に業績を回復していく中で、会社の業績回復の速度が鈍かったため、同業他社に追いつき追い越すためには、管理職一人ひとりが、目を外に向け、「今までの働き方、又、働かせ方でよいのか」と反省し、生産性の向上を図る必要があるという主旨で昭和五五年六月より日本生産性本部に委嘱して管理職研修を実施し、その後、係長・班長・中堅社員の研修へと拡げ、同五八年三月まで続けられたこと、

(二) 管理職研修は意識革新に主眼をおいたが、一般研修は、研修を実践に結びつけることを主眼とし、小集団活動に重点をおいたこと、

(三) 一連の研修によって「新生池貝」構築への合意が得られ、これが小集団活動の導入による改善提案の増加、工場集約の実施、労使関係の改善につながったと会社側が評価していること、

が認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、

(一) 昭和五六年五月ころに開催された三〇歳代研修において、会社社長は過去を断ち切ることを強調し、生産性本部から派遣された講師は生産性基準原理が正しく、生産実態を基本にした要求では労使関係を良好に保つことができないとし、同五三年の春闘における組合の闘争方針を暗に批判したこと、

(二) 同五七年三月ころ開催された二〇歳代研修は二班に分けて行い、第一班には職場活動や組合活動をしていた人達を除外し、研修内容を外部に漏らすことを禁じた上、左翼勢力を職場から一掃しない限り、会社の再建はないことを強調した外部講師の講義がなされたこと、

(三) 日本生産性本部は生産性向上運動を展開することにより、労使協調を推進すべく、その委嘱を受けて実施する研修を通じ職制を教育するとともに、組合の中にも賛同者を組織化することをも目的としていること、

が認められ、右事実によれば会社が主催した研修会には一面従来の労働組合に対する批判と労使協調派の育成の意図がなかったとはいえないものと認めるを相当とする。

2  小集団活動について

再抗弁等1(三)(2)のうち、会社が小集団活動を導入したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、

(一) 小集団活動に関する会社側(神明工場)の説明(昭和五五年一二月二六日)は全員参加による自主的活動を通じて相互に啓発し、明るい職場をつくり、企業の発展と自己の向上をめざし、七ないし八名程度で構成する小グループを工場内各職場に、又は横断的につくるように運動を進めるということであったこと、

(二) 右小集団活動に対し組合員の中から、小集団活動の最終目標、目的、真意がどこにあるか疑問であるとの意見も出され、執行委員会は小集団活動の内容について、労働組合活動に対する介入、不当労働行為となるような課題を取りあげないこと、このような事態が明らかになった場合は小集団活動を会社責任で中止することなど三項目を申し入れ、会社側はこれを了承したこと、

(三) 会社側も一連の研修が小集団活動の導入による改善提案の増加につながったと評価していること、

(四) 申請人相田らは小集団活動を通じ、労働者はその権利意識を低下させられ、会社の利益追求優先の考えに席を譲り、延いては、労働組合の弱体化につらなるものと考えていること、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  「池貝をよくする会」について

《証拠省略》によれば、「池貝をよくする会」なる組織は昭和五五年九月ないし一〇月ころ結成されたようであるが、その実態は必ずしも明らかではないこと、その構成員は係長、班長が中心で、前認定の係長、班長研修の終了後その参加者を中心に集まったもののようであること、同会では組合対策、役員選挙対策が話し合われていたようで、昭和五六年春闘のころから組合の大会等で従来発言をしたことのない人がメモを見ながら発言し、その発言に対し大きな拍手をするグループが出現するに至って、同会の存在が認識されるに至ったことが認められる。

《証拠省略》によれば、使用者は労働組合を変質させようとする場合、労務研修を実施し、これを通じ、職制兼組合員である係長クラスを「使用者の利益を代表する者」に仕立てて、これらの者をして労働組合の執行部又は各級の役員を独占せしめるのが定石であるとの分析があることが認められる。

「池貝をよくする会」の成立経過からすると、同会は右の分析に副うような動きである面もないではないが、前記のとおり、「池貝をよくする会」の実態そのものが明らかではないので、同会の性格を断定することはできないし、会社のこれに対する関与の有無、程度を判断することも困難である。

4  昭和五六年一〇月組合役員選挙

《証拠省略》及び当事者間に争いのない事実によれば、

(一) 昭和五六年一〇月組合役員選挙において、神明工場では申請人村山哲、同醍醐精一が、溝ノ口工場では同相田静、同佐久間圭二、同桜井和夫、同清水秀男が立候補したこと、

(二) しかし、右申請人らに対立する候補者の名前を記載したメモによって投票依頼がなされたり、溝ノ口工場では岩崎工機部次長(当時、以下同じ)、村上工務課長、西村係長、増渕工長らが職場で申請人らと対立する候補に投票依頼をしたり、組合員の自宅へ電話して右申請人らに投票しないように依頼するなどしたこと、また神明工場でも加瀬工場長、田辺組立課長、鈴木課長ら管理職と、塙、興水、池田ら各係長が申請人醍醐、同村山を落選させ、対立候補を当選させるよう投票依頼し、自宅訪問をしたりしたこと、

(三) そこで組合執行委員会は同年一二月右選挙において①課長が組合員の自宅に行ったり、電話や職場などで「役員選挙は○○をたのむ」など話した、②係長など会社職制である組合員の選挙運動が職務権限を利用したかどうか判断は難しいが、職務権限を利用したとすれば重大問題だなどの選挙管理委員会の調査報告を受けて、会社に対し、職制を通じて今後二度と組合干渉や不当労働行為をしないよう厳重に抗議するとともに、職制に対し注意することを申し入れたこと、

(四) 右選挙の結果は申請人ら候補者は全員全体選挙で落選したこと、右落選の原因は、右の会社職制による介入に加え、工場集約計画によって、長年神明支部委員長を務め、現職の委員長であった申請人相田が溝ノ口事業所に異動させられ、長年溝ノ口支部の委員長をしていた申請人丸山が神明事業所に異動させられたことなども影響していること、

が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  「橘会」について

《証拠省略》によれば、

(一) 「橘会」なる組織は昭和五六年一一月二三日結成されたもので、結成当時会員は四四名で、会員の大多数は班長、係長など会社職制の組合員であること、同会は基本方針として①民主的組合運動を基本とし、②労使は相互に独立したパートナーであるという認識に立ち、生産においては協力し、分配において対立する関係と捉え、③政治闘争の偏重、闘争至上主義を排除する等を掲げ、基本的には反共的色彩の強い集団であること、

(二) 同会は全体会議のもとに幹事会があり、その下に教育部、組織部、レク部が設置され、別に代表者会議も設置されていること、幹事会の会長は青木、会計は長谷川であること、

(三) 同会の教育部の計画によると、昭和五六年一二月に労使協議セミナー、同五七年一月に研究、同年二月生産性フォーラム、同年三月から四月にかけて指導員研修、二〇歳代研修選抜が予定されていたこと、

が認められる。

そして、右認定の指導員研修や二〇歳代研修選抜は《証拠省略》を合せ考えると会社が主催した研修であると考えられるが、同会が会社主催の研修を計画の中に掲げた目的は必ずしも明らかではないし、同会の連絡が職制を通じてなされているとしても、前認定のとおり、同会の会員には係長、班長など会社職制が多いことからすれば当然のことであり、同会と会社とが一体であるとまで断定することはできない。

四  申請人らの組合活動(昭和五六年以降)

再抗弁等1(四)(3)のうち、昭和五七年度の年末一時金回答において、会社は前年の妥結実績の二分の一という低額回答を行ったこと、組合鉄工支部執行部が二六万五〇〇〇円で妥結するとの提案をしたこと、右年末一時金は右額に六〇〇〇円を上積みした、前年度の五一・一パーセントの低額で妥結したこと、

同(4)のうち、昭和五七年一二月二七日、会社から合理化、コスト削減のため工機部の人員五〇名を削減し、他の部門に配置転換するとの提案がなされたこと、同五八年一月会社説明会を開いたこと、

同(6)のうち、昭和五八年四月二三日に会社が希望退職募集等の提案をしたこと、同月二三日に組合員有志一同名でビラ配布が行われたこと、右同日ビラ配布者のうち申請人金山、同清水、同富岡、同丸山、同相田、同桜井に対し口頭注意をしたこと、申請人稲垣に対し同月二六日付で文書による譴責処分をしたこと、

は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

1  ドボン会

(一) 昭和五七年二月ころ前年の組合役員選挙で落選した者たちが集まり、「ドボン会」と称する会を作り、職場の情報交換や職場の要求実現のための方策を検討することとしたこと、同会の中心メンバーは申請人丸山、同相田、同村山、同佐久間、同富岡、同清水、同神谷、同桜井、同吉川、同稲垣、同金山、同村田、同松本、同醍醐、同野口であること、

(二) 昭和五七年五月の組合役員選挙にはドボン会としても候補者を立て選挙活動をしたこと、予備選挙では、溝ノ口分会において申請人神谷、同相田、同佐久間、同村田、同吉川、同松本が当選し、神明分会においても申請人醍醐、同富岡、同丸山、同清水が当選し、そのうち申請人相田、同醍醐は最高点で当選したこと、

(三) しかし、全体選挙においては全員落選したこと、例えば溝ノ口工機部第二ブロック(同ブロックの執行委員の定数は二名、予備選挙では六名を選出する)では予備選挙でドボン会が推薦する申請人相田ら六名が当選していたが、全体選挙では予備選挙で名前が挙っていなかった森下、佐藤両名が立候補し、両名とも当選し、申請人らは全員落選したこと、職制の一部が森下、佐藤両名に投票するよう依頼メモを組合員に渡すなどして活動したため、右両名に多数の票が集まり、申請人らが落選したこと、

2  学習交流会

(一) 右役員選挙後、ドボン会のメンバーは、広く組合員全体の結集を図る必要性を認め、同会を発展させ、学習交流会を組織したこと、

(二) 第一回の学習交流会は昭和五七年七月二一日に開催され、申請人らを含め約六〇名が参加したこと、同会ではいわゆるサービス残業など職場の実態が報告され、これに基づき討議するとともに、学習交流会を定期化し、職場の権利、労働条件を守るために闘うことなどを確認したこと、右運動を進めるために神明工場一〇名、溝ノ口工場一〇名の世話人を選出し、世話人の中から選ばれた六名による事務局を設けたこと、世話人会のメンバーは神明工場では申請人丸山、同村山、同富岡、同稲垣、同金山、同清水外四名であり、溝ノ口工場では申請人相田、同佐久間、同村田、同吉川、同勅使河原、同桜井、同松本、同神谷、同荒井外一名であり、事務局のメンバーは申請人丸山、同村山、同相田、同富岡、同佐久間、同神谷の六名であること、

同会は昭和五八年六月九日の本件指名解雇に至るまで合計一〇回の集会を持ち、各職場の問題点の検討、小集団、インフォーマルの本質等の学習、組合役員選挙等の対策、企業実態の分析、学習などを行ってきたが、この間の主な活動と成果として、次のようなものがあること、

(三) 会社は昭和五七年度の年末一時金に関し昨年の妥結実績の半額という低額回答をしたのに対し、鉄工支部闘争委員会は二六万五〇〇〇円で妥結することを提案したこと、しかし、申請人らは職場討議において右提案では労働者の生活は守れない旨積極的に発言し、同年一一月二六日の報告大会において右提案を反対職場多数で否決するに申請人らは努力したこと、そして同年一二月一日開催の第三回学習交流会においても年末一時金問題を討議し、労働者の生活を守るために闘うことの意思統一をし、職場会等で活動し、六〇〇〇円の上積提案を会社から引き出すのに貢献したこと、

(四) 会社は昭和五七年一二月二七日組合に対し工機部の職種変更、配置転換を提案したこと、会社提案の意図は機械加工部門が無人化される状況の中で、会社も無人化へ向けて設備投資を行う計画であったが、右計画を実施すると剰員が生ずるので、設備投資に先だって配置転換、職種変更のための教育、訓練を行おうとするもので、工機部の約五〇名を段階的に他部門へ職種変更を伴う配置転換を行う計画であったこと、

申請人らは右提案を組合大会資料を通じ昭和五八年一月一一日ころ知り、右提案が職場会その他に影響力を及ぼす申請人ら中核的な活動家を排除、分散することを狙った提案であると捉え、同年二月二日開催の第四回学習交流会で討議したこと、そして該当職場の意思を尊重すべきことを求め、該当職場だけの問題ではなく会社全体の問題として捉えようとする組合執行部の方針に反対したこと、

同年二月二五日には該当職場全員と会社との話し合いが持たれ、職場討議を行った結果、反対職場多数で会社提案に賛成しなかったこと、そこで、組合執行委員会は三項目について会社に説明を求めるとともに、今後の対応については会社の検討結果を受けた後、改めて決定することとしたこと、右計画はその後自然消滅の形となったこと、

(五) 昭和五八年二月、申請人らは学習交流会を発展させ、活動を強化する目的で、「明るくする会」を発足させたこと、

(六) 昭和五八年春闘において、組合執行部は企業実態を加味したうえで春闘要求をすべきであるとの立場に立ったが、申請人相田らは労働者の生活実態を基本として春闘要求をすべきであると主張し、大半の職場の賛同を得たこと、そこで組合執行部は三月一五日二万五〇〇〇円の要求をしたけれども、同月三〇日の会社回答は定期昇給、一時金を含めてゼロ回答であったこと、

申請人相田らは四月二〇日学習会を持ち、約八〇名の参加を得て、講師とともに企業分析を行い、会社の赤字の原因は会社の借金政策にあることを明らかにしたこと、そして、同月二三日組合員有志一同の署名入りビラを配布し、その後も継続的にビラ配布を行ったこと、

同月二三日のビラ配布者に対する会社の処分は前記争いのない事実のとおりであること、

が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、四月二三日の有志ビラ配布について付言するに、《証拠省略》によれば、右ビラ配布行為は就業規則二二条に違反し、組合も右有志ビラを組合活動であることを否認していることが認められるが、《証拠省略》によれば、有志ビラは申請人らの組合活動の一環として行われたものであり、かかる行為は従来職場慣行として認められていたことが認められ、右の事実によれば、右の有志ビラの配布が組合活動であることを否定することはできないし、有志ビラの配布は従来少なくとも、放任されていたものと解するのが相当である。

しかるに、会社が右有志ビラについて懲戒処分を行ったのは、申請人らの活動に対する会社の厳しい姿勢を表明しているものと認めるを相当とする。

五  まとめ

以上によれば、申請人丸山、同相田、同醍醐らが組合三役であった当時の組合は組合員の権利と利益の獲得、実現に努力し、会社に対し粘り強い交渉を行い、かつ、ストライキをも辞さない闘争を行ってきたこと、申請人らが組合執行部から排除された後も、ドボン会、学習交流会を組織し、組合活動を積極的に行ってきたことは前記のとおりである。

一方、《証拠省略》によれば、会社上層部は右申請人らの組合活動(昭和五〇年代)は闘争至上主義で生産・販売の支障となっていたこと、これを管理面の甘さに由来するものと考え、従来の労使関係は改善されなければならないとの認識に立っていたことが認められ、右認識のもとに前記の研修会、小集団活動が導入されたこと、会社の管理職層までが組合役員選挙に介入したことなどの事実からすると、会社は申請人らを中心とする組合活動を好ましからざるもの、是正されるべきものとの認識を持っていたものと認めるを相当とする。

第五各申請人の組合活動

(溝ノ口事業所所属の申請人)

一  野口剛

1 再抗弁等1(二)(1)イのうち、申請人が昭和三四年に進捗係に配属されたこと、同職場の環境が悪く、満足な厚生施設もなかったこと、同五一、同五六年に申請人が職場委員に選出されたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は《証拠省略》により認めることができる。

2 同ロないしニの事実は《証拠省略》によりこれを認めることができる。

3 以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  神谷秀克~二三 相田静《省略》

(神明事業所所属の申請人ら)

一  村山哲

1 再抗弁等1(一二)(1)イの事実は当事者間に争いがない。

2 同ロの事実は《証拠省略》によりこれを認めることができる(但し、役員選挙の日は昭和五六年一〇月)。

3 同ハの事実は《証拠省略》によりこれを認めることができる。

4 以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  原田信太郎~一四 土田義明《省略》

(本社所属申請人)

醍醐精一

1  再抗弁等1(一三)イのうち、申請人が昭和四〇年九月に執行委員に選出され、書記長に就任したこと、その後執行委員長四期、副執行委員長二期、執行委員一期を歴任したこと、その間池貝鉄工労働連合委員長、池貝鉄工神明、溝ノ口、川口の三支部共闘会議議長を務めたことは当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、申請人が書記長を務めたのは昭和四〇年九月から連続二期と同四三年九月から一期であることが認められ、その余の事実は《証拠省略》によりこれを認めることができる。

2  同ロについて。《証拠省略》によれば、昭和五六年の組合役員選挙において申請人が落選したこと、同選挙に際し、加瀬工場長を先頭に管理職制が組合員の家庭に電話をかけ、醍醐を当選させると会社がよくならないなどと組合員に働きかけたこと、同五七年の役員選挙においても塙、興水、池田などの係長が反醍醐の立場で活動したことが認められる。

3  同ハの事実は《証拠省略》によりこれを認めることができる。

4  以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

第六本件解雇の効力

(溝ノ口事業所所属の申請人ら)

一  野口剛

申請人は極めて能力が劣り、業務に熱心でなかったと評価できないことは理由第三において説示したとおりであり、したがって、申請人の能力、勤務態度が解雇理由となったとは認め難い。

申請人は従前職場委員として活発に組合活動を行ない、学習交流会に参加し、ビラ配布に参加するなど会社の施策に批判的態度を明らかにしていたことは理由第五における認定のとおりであり、したがって、右を理由に申請人を解雇した疑いがあり、申請人を本件指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

二  神谷秀克

申請人は極めて能力が劣り、業務に対しても熱心でなかったと評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の能力、勤務態度が解雇理由となったとは認め難いところである。

申請人は職場委員として組合活動に積極的に参加するとともにドボン会発足以来中心メンバーとして活躍し、会社の施策に批判的態度を明らかにしてきたことは理由第五における認定のとおりであり、したがって、このような申請人の組合活動を理由として会社が申請人を解雇した疑いがある。

それ故に、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

三  木下精一

申請人は極めて業務に熱心でなく、職場規律を守らない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。

また、申請人は解雇当時五九歳で、定年まで約一年を余すのみで、後進に道を譲るべき立場にあったとはいえ、当事者間に争いのない事実によれば、申請人は解雇当時未だ養育すべき子弟(大学二年生)があって、本件解雇が申請人に与える打撃は小さくなかった。

しかるに、会社が申請人を指名解雇したのは、申請人が昭和五一年三月の希望退職問題について組合大会で反対の立場を明らかにするなど組合活動を行い、また「明るくする会」発足当初からこれに参加し、学習交流会にも参加するなど理由第五における認定のとおり会社の施策に反対する立場を明らかにしていたことは明らかであり、したがって、右の事実を理由に申請人を解雇したのではないかとの疑いがあり、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

四  小林清良

申請人は極めて能力が劣り、職場規律を守らなかった者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の能力、勤務態度が解雇の理由であるとは認め難い。

申請人は昭和五六年九月に選出された組合新執行部に対する批判を強め、旧執行部の立場を支持し、旧執行部の人々が中心となって主催した学習交流会に参加するなどしたことは理由第五における認定のとおりであり、これに会社の旧執行部に対する態度を合せ考えると、申請人の右の活動を理由に解雇した疑いがある。

したがって、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

五  桜井和夫

申請人は著しく職場規律を遵守しない者であると評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、会社から右を理由として解雇されたとは認め難い。

申請人は過去に執行委員を経験し、またドボン会結成のメンバーであり、かつ「明るくする会」の世話人の一人として学習会を組織し、あるいは有志ビラを配布するなど会社施策に反対する立場を明らかにするとともにその運動の中心にあった活動家であることは理由第五における認定のとおりである。

そして、会社が申請人の右活動を認識していたことは推認できるところであるから、会社は申請人の右活動を理由に解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

六  刈田茂

申請人は極めて能力が劣っている者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。会社の指名解雇基準によれば、六項目中一項目が五点である者又は合計一〇点以上である者を解雇するというものであるところ、申請人は右のとおり「極めて能力が劣っている者」でなく、かつ、他に指名解雇基準に該当するとの主張立証がないので、会社の指名解雇基準にも該当しないこととなり、会社が申請人を指名解雇者に選定することの妥当性に疑問があるものというべきである。

七  南洋祐

後に説示の理由により、判断を省略する。

八  村田一男

申請人は退職後の生活に困らない者で、業務に熱心でなく、職場規律も守らない者と評価することができないことは理由第三において説示のとおりであり、かつ、被申請人の主張においても業務不熱心、職場規律違反に「極めて」との表現がなく、かつ、能力について何ら言及されていないことからすると、能力、勤務態度にさしたる問題がなかったことが推認される。

それにもかかわらず、会社が申請人を解雇したのは、過去に執行委員を長年務め、会社の施策に対立し、かつドボン会、「明るくする会」の中心人物であることを理由として解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

九  吉川喜代志

申請人は極めて業務に熱心でなく、著しく職場規律を守らない、能力も劣る者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。確かに申請人にはゲームウォッチの件等非難に値する若干の行動があったことは事実であるが、これはさして重大な問題ではないことは明らかであるから、申請人の勤務態度のみを理由として本件解雇をなしたとは認め難い。

むしろ、理由第五において認定したとおり、申請人は過去に書記長、執行委員の経験があり、昭和五六年以降はドボン会、「明るくする会」の中心メンバーとして活動するとともに、組合役員選挙に立候補するなどして、新執行部に対立し、会社施策を批判する立場を鮮明にしていたことを理由に会社は申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一〇  上平実

申請人は極めて能力が劣り、業務にも極めて不熱心で、職場規律を守らないこと著しいと評価できないことは理由第三において説示のとおりである。確かに、申請人の勤務態度には若干の問題があり、技能も極めて高いとはいえないであろうが、かような勤務態度のみを理由に本件解雇がなされたとは認め難い。

むしろ、理由第五において認定した申請人の従来の発言、学習交流会の参加など旧執行部の支持を理由に会社が申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一一  波多野敬三

申請人は極めて業務に熱心でない上、能力が劣り、職場規律も守らない者であると評価できないことは理由第三において説示のとおりである。確かに申請人の勤務態度には若干の問題があったことは事実であるが、これを理由に申請人が解雇されたとは認め難い。

むしろ、理由第五において認定のとおり申請人は過去正・副職場委員を務め、組合活動に関わるとともに、学習交流会に参加し、他の組合員に参加を呼びかけるなど新執行部に対立する立場を明らかにしていたことを理由に会社は申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一二  松本勉

申請人は極めて業務に不熱心で著しく職場の規律を守らない者であると評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人には作業上のミスその他勤務態度に問題がないとはいえないけれども、右の勤務態度のみを理由に解雇がなされたとは認め難い。

申請人はドボン会に参加し、同会から推されて執行委員選挙に立候補し、その後も学習交流会の世話人として、同会の中心にあったほか、有志ビラを配布するなど、新執行部に対立するとともに、会社の施策に対し批判的態度を明らかにしていたことは理由第五における認定のとおりであるから、右のような組合活動を理由に会社が申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一三  中根兼嗣

申請人が極めて能力が劣り、極めて業務に不熱心で、職場の規律を守らない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人は特に能力的に優れているということはできないが、勤務態度にさしたる問題があるともいえず、講師に対する欠礼もさほど重大視すべきものでないといえるので、被申請人が主張する理由によって解雇されたとは認め難いところである。

むしろ、申請人は正・副職場委員を経験した程度で組合の枢要の地位にあったとはいえないが、ドボン会、「明るくする会」に積極的に参加し、年末一時金、工機部配転問題等において積極的に活動し、有志ビラの配布に参加するなど、会社施策に批判的立場にあることを表明していたもので右のような活動を理由に会社が申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一四  藤本暢隆

申請人は極めて能力が劣る上、極めて業務に不熱心で職場規律を守らないこと著しい者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人の勤務態度に若干問題があるとしても、さして重大視すべきことではなく、本件解雇が申請人の勤務態度、能力を理由とするとは認め難い。

むしろ、申請人は組合活動に強い関心をもち、ドボン会を支持し、昭和五七年執行委員選挙では申請人相田らを支持して選挙活動をし、学習交流会、「明るくする会」にも参加し、積極的に発言し、その立場を明らかにしてきたものであることは理由第五における認定のとおりであり、右の活動を理由に会社が申請人を解雇したとの疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一五  岩崎敏

申請人は極めて業務不熱心であり、能力も極めて劣るうえ、職場の規律を守らない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人には監視義務違反等、勤務態度に相当の問題があるといわざるを得ないが、理由第五における認定のとおり、申請人は過去に正・副職場委員として昭和五一年の希望退職募集問題等に取組み、学習交流会あるいは「明るくする会」に参加し、職場会において発言し、その立場を明らかにしていた者であり、右の活動を理由に会社が申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一六  佐久間圭二

申請人は業務に熱心でなく、また著しく職場規律を守らない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人には作業ミスなど勤務態度に若干の問題があるにしても、そのような事情だけが解雇の理由であるとは認め難い。

申請人は長年組合役員を歴任し、その間昭和五〇年、五四年には書記長をも務めた者で、同五六年にも執行委員に立候補したこと、学習交流会の世話人であり、有志ビラの配布に参加するなど申請人らを中心とする組合活動の中心人物として活動したことは理由第五における認定のとおりである。

むしろ、会社が申請人らの組合運動を闘争至上主義と評価していたことは前認定のところから明らかであるから、本件解雇は申請人の右活動を理由とした疑いがあり、したがって、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一七  伏間昭

申請人は能力が劣り、仕事に熱心でないと評価できないことは理由第三において説示のとおりである。確かに、申請人の仕事ぶりは能率が悪いと評価されてもやむを得ない面がないとはいえないが、右のみが解雇の理由であるとは認め難い。

むしろ、申請人の組合活動歴は副職場委員一期のみで役職としては枢要の地位にあったとはいえないが、学習交流会に参加し、有志ビラ配布に参加するなど、会社施策に批判的立場を明らかにしていたことは理由第五における認定のとおりであって、申請人の右活動が本件解雇の理由となった疑いがある。

したがって、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一八  高橋武夫

申請人は極めて能力が劣り、業務にも極めて不熱心であると評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、多少申請人の作業能率が劣るにしてもさして重大視すべきことではないのであるから、申請人の勤務態度が解雇の理由であるとは認め難い。

むしろ、申請人は昭和五〇年から二期執行委員を務めその後も正・副職場委員を務めるなど積極的に組合活動を行うとともに、学習交流会に参加し、有志ビラを配布するなど会社の施策に対し批判的立場を明らかにしてきた者であるから、右活動を理由に解雇された疑いがある。

したがって、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

一九  深沢寅次郎

申請人は極めて能力が劣る者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人は作業能率が多少悪い面があるかもしれないが、このような勤務態度が解雇の理由とは認め難い。

《証拠省略》によれば本件解雇当時申請人は妻と高校三年生の長女の二人を養っていたことが認められ、当時五八歳とはいえ経済的に余裕があったとも認められず、かえって、本件解雇は《証拠省略》により認められるとおり長女が進学を断念せざるを得ないなど大きな打撃であった。

また理由第五における認定のとおり、申請人は過去に正・副職場委員を経験したほか、学習交流会、「明るくする会」に参加し、会社施策に批判的立場を明らかにしてきたものであり、会社は右を理由として申請人を解雇した疑いがある。

右の事情を総合判断すると会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

二〇  荒井吉太郎

申請人は極めて能力が劣る上、極めて業務に不熱心で、また職場規律を守らないこと著しい者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人の勤務態度に若干の問題があるとしても、さほど重大視するほどのことではないから、勤務態度が解雇の理由とは認め難い。

むしろ、申請人は正・副職場委員を務め、組合活動を行ってきたほか、学習交流会の世話人となり同会の組織拡大に努力するなど会社施策に批判的立場を明らかにしてきたものであり、会社は右の活動を理由に申請人を解雇した疑いがある。

してみると、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

二一  吉田晴宣

申請人は極めて能力が劣り、業務にも極めて不熱心であると評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人の勤務態度に若干の問題があることは事実としても、さして重大視すべきものではないので、勤務態度が申請人を指名解雇者と選定した理由とは認め難い。

むしろ、申請人は長年正・副職場委員を務め、組合活動を行い、学習交流会、「明るくする会」にも積極的に参加し、会社施策に批判的な立場を明らかにしてきたものであって、申請人の右活動を理由に会社は申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人は指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

二二  勅使河原礼司

申請人は極めて能力が劣り、業務に極めて不熱心で、職場の規律も著しく守らない者であると評価できないことは理由第三において説示のとおりである。申請人には作業上のミス、あるいは勤務態度について若干の問題がないではない。

しかし、理由第五における認定のとおり、申請人は昭和五一年の希望退職問題に際し積極的に組合の教宣活動に参加し、学習交流会、「明るくする会」にも参加し、会社施策に批判的立場を明らかにしてきたこと、また、《証拠省略》によれば、解雇当時、妻と子供二人(大学生と高校生)及び老母をかかえ、住宅ローンを支払わなければならない状況にあって経済的に余裕のない状態であったことが認められる。

右の事情を総合判断すると、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

二三  相田静

申請人は極めて業務に不熱心であり、著しく職場規律を守らない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の勤務態度が解雇の理由とは認め難い。

むしろ、申請人は昭和五六年一一月まで長年に亘り執行委員長を務め、組合運動を指導し、同五六年役員選挙において会社の職制(当時の次長、課長など)の介入もあって落選はしたものの、以後はドボン会、学習交流会の中心メンバーとして、会社施策を批判する立場を明らかにし、かつ、積極的にこれを組織化するために活動していたもので、会社が申請人の右の活動を認識していたことは推測に難くなく、申請人の右活動を理由に解雇した疑いがある。

したがって、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

(神明事業所所属の申請人ら)

一  村山哲

申請人には勤務態度について若干の問題があるにしても、能力が極めて劣り、業務にも極めて不熱心であると評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の勤務態度を理由に解雇されたことは認め難い。

むしろ、申請人は昭和五四年ころまで長年執行委員、委員長、副委員長を歴任し、組合運動を指導する立場にあり、昭和五六年九月の役員選挙で会社職制の介入もあって落選したものの、ドボン会、学習交流会を組織し、会社施策を批判する立場を明確にし、その組織化に努力していたことは理由第五における認定のとおりであり、右の活動を理由に会社が申請人を解雇した疑いがあり、したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

二  原田信太郎

後に説示の理由により、判断を省略する。

三  小川隆

申請人には喘息の持病があり、また作業上のミスも数件あるけれども、極めて業務不熱心で、病弱者であると評価することはできないことは理由第三において説示のとおりである。

むしろ、しかも、《証拠省略》によれば、申請人は解雇当時妻と幼児二人(二歳と三歳)をかかえていて、本件解雇により経済的に非常に苦しい状況に陥ることが明らかであることが認められ、かつ過去機関紙発行などの教育宣伝活動を行ったり、「明るくする会」に参加したりしてきたことは理由第五における認定のとおりで、右活動を理由に会社が申請人を解雇した疑いもある。

以上の事実を総合判断すると、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

四  滝昭男

後に説示の理由により、判断を省略する。

五  富岡三男

申請人は極めて業務に不熱心で、職場規律を著しく守らない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の勤務態度が解雇理由となったとは認め難い。

しかも、《証拠省略》によれば、会社で共働きしていた申請人の妻は今回の希望退職募集に応じ退職し、申請人の収入のみによって一家を支えなければならず、三人の子供を抱え、借入金の返済に追われているため、申請人が解雇され、収入の途を閉ざされると生活が極めて困難となることが認められる。

右の状況で、あえて申請人を解雇したのは理由第五において認定した申請人の組合活動、ドボン会、「明るくする会」の活動を理由にしたものであるとの疑いがある。

したがって、会社が申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

六  石井利江

申請人は極めて能力が劣り、著しく規律を守れない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の能力、勤務態度が解雇理由となったとは認め難い。

しかも、《証拠省略》によれば、申請人はこれまで女手ひとつで二人の子供を育ててきたもので、申請人の収入が一家を支えていること(長男は就職しているが十分な収入はなく、二男は就学中である。)が認められ、本件解雇は申請人にとって大きな打撃であることが認められる。

しかるに、会社が申請人を解雇したのは、理由第五における認定のとおり、申請人が組合活動に関心を持ち、「明るくする会」に参加し、新執行部を批判するなどの活動を行ったことが理由となった疑いがある。

したがって、申請人は嘱託の地位にある者ではあるが、これを考慮に入れてもなお同人を指名解雇者に選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

七  稲垣正光

申請人には作業上のミスがあるなど若干勤務態度に問題はあるにしても、極めて業務に不熱心で能力も劣る上、職場規律を守らないこと著しい者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって申請人を指名解雇したのは、むしろ、理由第五における認定のとおり申請人が昭和五四、五七年の役員選挙に立候補し、「明るくする会」の世話人となり、また有志ビラを配布するなど、会社施策を批判する立場を明らかにし、その中心人物の一人として活動してきたことを理由とする疑いがある。

そうであれば、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

八  金山和男

申請人には作業上のミスが多少あり、勤務態度についても反省すべき点なしとしないが、極めて能力が劣り、業務にも極めて不熱心であり、職場規律を守れない者と評価することができないのは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の能力、勤務態度が解雇の理由と認め難い。

むしろ、理由第五における認定のとおり申請人は過去執行委員に選出されたことがあるほか、昭和五二、五七年には役員選挙に立候補し、学習交流会、「明るくする会」の世話人となるなど、会社施策を批判する立場を明らかにして活動してきたことを理由に会社が申請人を解雇した疑いがある。

そうであれば、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

九  田中清太郎

申請人は能力が劣り、業務に対しても熱心でない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって申請人の能力、勤務態度が解雇の理由とは認め難い。

申請人は解雇当時五七歳で高齢者の基準に該当するものの、《証拠省略》によれば、申請人は解雇当時妻と就学中の子供二人(長男一九歳、長女一七歳)をかかえ、子供の教育費の負担がある上、住宅ローンの支払いもあり、経済的な余裕がなかったことが認められる。

右の事情があるにもかかわらず、申請人を指名解雇したのは、むしろ、理由第五における認定のとおり申請人が池貝エンジニアリング労働組合の初代執行委員長に就任するなど組合役員を歴任し、会社に移籍後組合役員を務めることはなかったけれども、地域の労働運動に参加し、職場においても積極的に発言し、特に希望退職問題については組合大会において発言したり、有志ビラに署名するなどして会社提案を批判する立場を明確にしていたから、右のような申請人の活動を理由に指名解雇者に選定された疑いがある。

したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一〇  西山勝

申請人には設計ミス、仕事の遅延、遅刻など勤務態度に若干の難点があるにしても、極めて能力が劣るうえ、業務にも極めて不熱心で、職場規律を守らないこと著しい者と評価することまではできないことは理由第三において説示のとおり、したがって、申請人の能力、勤務態度が解雇の理由とは認め難い。

しかも、《証拠省略》及び当事者間に争いのない事実を総合すると、申請人は母親と二人暮しで、同女を扶養していることが認められるので、本件解雇は申請人にとって大きな打撃である。

右の事情があるのに申請人が指名解雇されたのは、理由第五における認定のとおり、申請人が学習交流会に参加し、職場においても会社施策に批判的立場を明らかにしていたことが理由である疑いがある。

したがって、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

一一  昼間一男

申請人は解雇当時五六歳で、二人の子供はすでに就職し、収入を得ていることは当事者間に争いがなく、解雇による打撃は他の申請人らに比して大きいとはいえなくもないが、高齢者が全て指名解雇されたわけではないから高齢であることのみでは指名解雇の理由としては十分ではない。

申請人には技術革新に対応し切れない面や、仕事上のミスなど難点がないとはいえないけれども、能力が極めて劣り、業務に対しても熱心でない者と評価できないことは理由第三において説示のとおりであり、したがって、申請人の能力、勤務態度のみが解雇の理由とは認め難い。

むしろ、申請人が長年組合役員として活動したこと、「明るくする会」等の学習交流会に参加し、有志ビラにも名を連ね、配布活動に参加したことなどは理由第五における認定のとおりであり、右の活動を理由に会社が申請人を解雇した疑いがある。

したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一二  丸山逸夫

申請人は極めて能力が劣る上、業務に熱心でなく職場規律を著しく守らない者と評価することはできないし、退職後の生活に困らないともいえないことは理由第三において説示のとおりである。

右の事情にあるにもかかわらず、申請人を指名解雇したのは、むしろ、理由第五における認定のとおり申請人が長年組合執行委員長として組合活動を指導し、ドボン会、学習交流会、「明るくする会」の結成、運営の先頭に立って活動してきたことを理由としたとの疑いがある。

したがって、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性について疑問があるものというべきである。

一三  清水秀男

申請人が極めて業務に不熱心で、能力が劣り、職場規律を守らないこと著しい者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。

しかるに、申請人を指名解雇したのは、理由第五における認定のとおり申請人が長年職場委員を務めた後、昭和五三年から三期連続執行委員を務めるなど旧執行部の中心の一人であり、ドボン会、「明るくする会」の世話人として会の発展に尽力していたことを理由とする疑いがある。

それ故、申請人を指名解雇者に選定したことの妥当性に疑問があるものというべきである。

一四  土田義明

申請人には勤務態度に若干の問題があるにしても、極めて能力が劣る上、業務に対しても極めて不熱心であり、職場規律を守らないこと著しい者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。

《証拠省略》によれば、申請人は第一次希望退職募集の際には会社の退職勧奨者リストに登載されず、したがって退職勧奨を受けることがなかったこと、しかし、昭和五八年六月八日の時点で申請人は右リストに加えられ、退職勧奨を受けたこと、その間申請人は申請外川合から「おれたちの考えについてきてくれないか」と話されたことがあり、申請人は右川合の話の趣旨は労働者の権利を放棄してまでも会社の再建についていく考えに従わないかというものと理解し、右の申出を拒んだことが認められ、これによると、申請人が右川合の申出を拒否したことから、一転、退職勧奨を受けるに至ったと推測するのが相当で、右認定に反する《証拠省略》の記載は右甲号各証と対比すると、採用することができない。

右の事情と申請人が学習交流会、有志ビラの配布に参加していたことなど理由第五における認定事実を考え合せると、申請人が会社施策に批判的立場を明らかにしたので、退職勧奨を受け、続いて指名解雇されたと疑わざるを得ない。

それ故、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

(本社所属の申請人)

醍醐精一

申請人が極めて業務に不熱心な者と評価できないことは理由第三において説示のとおりである。

しかるに、申請人を指名解雇したのは、理由第五における認定のとおり、申請人が長年組合役員を歴任し、旧執行部の中心的役割を果し、学習交流会にも積極的に参加し、会社施策に批判的立場を明確にしていたことが理由であるとの疑いがある。

それ故、申請人を指名解雇者と選定したことの妥当性には疑問があるものというべきである。

(まとめ)

以上のとおりで、右の申請人三五名を指名解雇者と選定した人選は相当性を欠き、したがって、右申請人らに対する本件指名解雇は権利濫用であり、無効であるといわざるを得ない。

第七保全の必要性

一  理由第六において解雇を無効と判断した申請人三五名について

《証拠省略》及び当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨によれば、理由第六において解雇を無効と判断した申請人三五名はいずれも会社から支払を受ける賃金を唯一ないしは主要な生活の糧とするものであり、本件解雇によって申請人ら及びその家族の生計は極めて困窮し、本案判決の確定を待って権利実現を果す間に著しく回復の困難な損害を被る虞れがあるものと認めることができるので、賃金の仮払いにつき保全の必要があるものというべきである。しかしながら、その必要性を肯定し得るのは、その性質上、本案事件の第一審判決言渡に至るまでであって、その後については特段の事情の存しない限りこれを肯定することはできないものというべきである。

但し、申請人木下精一は昭和五九年二月末日、同深沢寅次郎は同六一年一月末日、同田中清太郎は同六一年一月末日をもって会社を定年退職したことは申請人らの自認するところであり、また、同昼間一男は昭和二年一月一〇日生、同伏間昭は同二年四月二九日生であることは当事者間に争いがなく、就業規則の規定に従えば同昼間は同六二年一月末日同伏間は同六二年四月末日に会社を定年退職となる。

したがって、右申請人五名については本件解雇の日の翌日から定年退職の日までの賃金を仮払すべきであるが、右申請人五名の平均賃金、解雇の日の翌日から定年退職の日までの期間は後記のとおりであるから、これを乗じた金額は、

申請人木下 二九一万三二三八円

同深沢 九六七万二九七〇円

同田中 一〇一九万六八一二円

同昼間 一五〇一万三一三五円

同伏間 一六七六万六四六七円

である。

申請人

平均賃金

期間

木下精一

三三万四八五五円

八か月と二一日

深沢寅次郎

三〇万五一四一円

三一か月と二一日

田中清太郎

三二万一六六六円

三一か月と二一日

昼間一男

三四万三五五〇円

四三か月と二一日

伏間昭

三五万九〇二五円

四六か月と二一日

したがって、申請人木下、同深沢、同田中については請求の範囲内で、同昼間、同伏間については右金額について仮払いを認容すべきである。

次に、申請人らは地位保全の必要性について、種々、主張し、その主張する、各種社会保険の適用、福利厚生施設等の利用、技術習得の利益等は地位保全の必要性を判断するに重要な事実ではあるが、右事実についても各申請人について個別、具体的に疎明すべきところ、本件においてはその疎明がない。

なお、賃金仮払いの仮処分が認容されても、解雇された労働者には回復し得ない損害があるであろうことは想像に難くないが、かかる通常予想される損害を避けるためのみでは、地位保全の必要性があるものと認めることはできない。

いずれにしても、右申請人らについてはその地位を保全すべき必要性を認めることができないものというべきである。

二  その余の申請人らについて

亡滝昭男は昭和六〇年一二月一〇日死亡したことは当事者間に争いがなく、同人の父申請人滝三男、母申請人滝慶子が亡滝昭男の権利義務を各二分の一ずつ相続したことにつき被申請人は明らかに争わないので自白したものとみなされることは前記のとおりである。

仮に亡滝昭男に対する本件解雇が無効であれば、同人は会社に対し死亡時までの賃金支払請求権を有していたことになり、亡滝昭男の相続人である右申請人両名は右請求権の各二分の一を相続することになる。ところで、本件申請は仮払仮処分を求めるものであるから、右申請人両名について仮払いを求める必要性を主張、立証すべきところ、本件においては右の必要性の主張、立証がない。

亡南洋祐は同五九年一〇月九日死亡したことは当事者間に争いなく、同人の母、申請人南幸子が亡南洋祐の権利義務を相続したことにつき被申請人は明らかに争わないので、自白したものとみなされることは前記のとおりである。

仮処分の必要性につき、申請人南幸子は何ら主張しない。但し、《証拠省略》によれば亡南洋祐は同号証を作成した当時(昭和五八年中と思われる。)七一歳の母すなわち申請人南幸子と二人暮しで、亡南洋祐の収入で二人の生活を維持していたことが認められる。右の事情にあれば申請人南幸子が生活の資金が入用であろうことは想像に難くはないけれども、同申請人が有する債権は同申請人が相続によって取得した、亡南洋祐が有したであろう会社に対する賃金支払請求権、即ち、同申請人にとってはあくまでも通常の金銭債権であるから、右の事情のみをもって仮払仮処分の必要性を認めることはできない。

亡原田信太郎は昭和六〇年一一月三〇日死亡したことは当事者間に争いがなく、同人の妻申請人原田八重子が二分の一、長女同原田章子と二女同原田多喜子が各四分の一、亡原田信太郎の権利義務を承継したことにつき被申請人は明らかに争わないので自白したものとみなされることは前記のとおりである。

しかし、右各申請人につき仮処分の必要性の主張はない。

但し、《証拠省略》によれば同号証作成当時(昭和五八年中と思われる。)、亡原田信太郎の長女申請人原田章子は高校一年生、二女申請人原田多喜子は小学校五年生であることが認められるが、それ以上申請人らの生活状況を知ることができないことと、申請人らとの関係では相続した通常の債権であることを考慮すると仮処分の必要性を認めることができない。

以上、亡滝昭男、亡南洋祐、亡原田信太郎の各相続人関係については、その余の判断をするまでもなく、本件各申請は理由がない。

第八結語

右によればその余の判断をするまでもなく、申請人らの申請は主文掲記の範囲において理由があるので、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 青山邦夫 裁判官小池喜彦は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡邊昭)

〈以下省略〉

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